北海道SL、室蘭線、白老付近

 1975年8月22日、豊浦で撮影した後、白老に降りました。白老の地名はアイヌ語の「シラウオイ」からつけられ、日本人が入植する前から、アイヌの大集落がありました。白老駅の近くのポロト湖畔にはアイヌ民族博物館もあります。
室蘭線、白老駅付近 C5757

室蘭線、白老駅付近 C5757

白老駅の西側の歩道橋からC5757牽引の224ㇾ室蘭行き普通列車を撮影しました。

室蘭線、白老駅C57、D51

室蘭線、白老駅C57、D51

白老駅に停車中のC57144牽引の227ㇾ岩見沢行き普通列車とD51524牽引の貨物列車です。

北海道SL、室蘭線 豊浦

 昭和50年8月22日から29日まで、北海道のSL撮影に出かけました。当時は18歳の高校生で夏休みのアルバイトで旅費を稼ぎ、ほかの目的で北海道を旅行する友人と函館まで一緒しました。
室蘭線豊浦付近、C57とD51すれ違い

室蘭線豊浦付近、C57とD51すれ違い

SL撮影のため最初に訪れたのが室蘭線の豊浦駅です。画面上で複線の対面にホームがあるだけの無人駅で、跨線橋もなく殺風景な駅です。

室蘭線、豊浦D51牽引貨物列車

室蘭線、豊浦D51牽引貨物列車

室蘭線をまたぐ、国道の上から撮影しました。今は電化され、架線が並ぶ光景になっています。

東海道線 根府川 白糸川鉄橋

東海道線 根府川 白糸川鉄橋は1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災による、土石流で駅舎ごと破壊され、根府川駅に停車中の列車も相模湾へ流され、多くの犠牲者が生まれました。当時の東海道線は国府から御殿場を経由して沼津に通じ、国府から小田原を経由して根府川を通る路線は熱海線と呼ばれていた。東海道線はその年の10月28日復旧したが、熱海線は地震発生から1年半以上たった、1925年(大正14年)3月12日に白糸川鉄橋が完成して前線開通した。
ef15
EF15172がけん引する8373ㇾ貨物列車

1976年昭和51年9月8日京都を15:52分発790Mで米原へ、18;49発562Mで大垣へ20:25発344M東京行き普通列車に乗り熱海2:48に下車しました。約3時間待合室で夜を明かし、東京行き5:36発の普通で根布川で下車し、駅の近くの岩泉寺の境内から根府川、白糸川鉄橋を通過する東海道線上りのブルートレイン撮影しました。この日は台風17号の影響で朝から雨が降ったるやんだりの悪天候で、目的のブルートレインも1時間から3時間遅れで通過するなど最悪の撮影条件でした。岩泉寺の人は、まだ20そこそこの私に気さくにじゃべってくれたのが、何よりもうれしかったです。(撮影日記より)

asakaze1
14ㇾあさかぜ
seto
16ㇾ瀬戸
sakura
2ㇾさくら
hayabusa
4ㇾはやぶさ
ginga
104ㇾ銀河
fuji
8ㇾ富士
eh10
EH10けん引の貨物列車

帰りは12:56発790Mで小田原へ、13:10発、新幹線、こだま233号で京都へ帰りました。帰りの新幹線も2時間の遅れで運転されました。

SLやまぐち号

1984年昭和59年8月24から27日山口線のSLやまぐち号を撮影しました。山口までは中国道を使い、帰りは国号9号を使いました。この頃は12系の客車をけん引してC57のナンバープレートも緑色をしていました。
yamaguti19840827
①津和野-船平山 津和野駅を出発した、SLやまぐち号は上り坂をあえぎながらやってきました。
yamaguti19840824
仁保-篠目 1984年8月25日撮影
yamaguti19840826
津和野-船平山①の撮影場所から船平山へ進んだ場所から撮影しました。
yamaguti19840825
篠目-仁保 1984年8月25日撮影
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篠目-仁保 1984年8月26日撮影

SLわかさ号

SLわかさ号は福井県置県100年と小浜線開業60年を 記念したもので、C56160が昭和56年8月25日(火)~31日(月)夏の若狭路を快走しました。写真は1981年昭和56年8月26日に撮影した、小浜線を走ったSLわかさ号です。使用したカメラは、マミヤ645-500です。
SLわかさ号
 東美浜-粟野間で撮影しました。ここは上り坂でSLから煙が出ると期待しましたが、手前で出し切ったようでした。
SLわかさ号
 十村-大鳥羽のカーブで撮影しました。沢山のファンでSLの人気はすごいものでした。
SLわかさ号
 大鳥羽-十村で自家用車を農道の脇に止めて撮影しました。運良く煙を吐いてくれました。

山陰線・餘部鉄橋1

初めて餘部鉄橋を訪れたのは1975年6月8日で、50ccのオートバイで自宅から2時間くらいかけて、行きました。写真の橋梁は1909年12月16日着工、1912年、1月13日に完成し、同年3月1日に開通した。全長310.59 m、下を流れる長谷川の河床からレール面までの高さ 41.45 m の鋼製トレッスル橋です。

余部鉄橋を渡るDD54牽引の普通列車

1975年6月8日、余部鉄橋を渡るDD54牽引の835ㇾ普通列車

 DF50に変わって、DD54がけん引する普通列車を撮影しました、現在と比べると、鉄橋も新しくなり、鉄橋下の風景も随分変わりました。
58-611D余部 500608 5-2-36
 下りの急行但馬1号です。ゴミ落下の防止柵もなくすっきりとした鉄橋でした。

山陰線余部鉄橋を渡る 急行白兎

1975年6月8日、山陰線餘部鉄橋を渡る806D、58系急行白兎

 現在では見ることができない、長編成の気動車急行です。道路事情が悪かったころは、鉄道が唯一の長距離移動の手段でした。

京都駅 夜行列車撮影

1978年4月12日 京都駅でブルートレインを撮影しました。
EF65536 さくら 京都駅 5-11-7
 京都駅6番ホームに停車中の下り寝台特急さくら号、長崎・佐世保行きブルートレインです。EF65536が牽引している、14系寝台列車です。
EF65509 出雲 京都駅 530412 5-12-31
 京都駅1番ホームの横にある引き込み線に停車している、東京から出雲をけん引したEF65509電気機関車です。

京都駅に停車中の急行立山

京都駅に停車中の夜行急行立山号、富山行き

 京都駅1番ホーム(現在は0番ホーム)に停車中の477系交直両用電車で急行列車にもトレインマークがついていました。

飯田線 ED18 ED19電気機関車

 昭和50年4月1日、飯田線へ旧型電気機関車、ED18とED17の撮影に出かけました。前日にまつかぜで大阪へ夜行急行ちくまで塩尻へ行き、辰野から飯田線へ入り、撮影しました。中央アルプスから吹き降ろす風が大変冷たかった記憶があります。

飯田線 ED18 電気機関車

飯田線 ED18 電気機関車

 飯田線 伊那福岡-小町屋間で撮影した。ED18-1号機の電気機関車が牽引する、273ㇾ貨物列車。

飯田線 田切-伊那福岡 ED19 電気機関車

飯田線 田切-伊那福岡 ED19 電気機関車

 中央アルプスをバックに天竜川の支流の鉄橋をるED19-1号電気機関車がけん引する279ㇾ貨物列車です。

飯田線 田切-伊那福岡 ED19 電気機関車

飯田線 田切-伊那福岡 ED19 電気機関車

 同じ撮影地から撮影した、5292ㇾ貨物列車、ED19-5がけん引していました。

 飯田線 大田切-宮田 ED19 電気機関車

飯田線 大田切-宮田 ED19 電気機関車

 大田切川を渡るED19-3号機がけん引する、251ㇾ貨物列車。

山陰線の蒸気機関車2

 昭和48年8月25日山陰線へSLの撮影に出かけました。雨模様でしたが、午後からは天候が回復しました。

山陰線 岡見 D51869蒸気機関車 3970ㇾ貨物列車

山陰線 岡見 D51869蒸気機関車 3970ㇾ貨物列車

山陰線 宇田郷 D51214蒸気機関車

山陰線 宇田郷 D51214蒸気機関車 惣郷川橋梁 2762ㇾ

宇田郷駅から惣郷川橋梁まではかなりの距離があり、徒歩で1時間くらいかかりました。

山陰線 宇田郷 D51665 蒸気機関車

山陰線 宇田郷 D51665 蒸気機関車

 宇田郷から下関へ行き、さんべ4号で浜田へ引き返し、翌朝、山陰線のSLを再び撮影しました。

山陰線 田儀 D50409蒸気機関車 866ㇾ貨物列車

山陰線 田儀 D50409蒸気機関車 866ㇾ貨物列車

 田儀の海岸を走る蒸気機関車は、海とマッチして実に美しいものでした。

山陰線 田儀 C57蒸気機関車 544ㇾ普通列車

山陰線 田儀 C57蒸気機関車 544ㇾ普通列車